祖母の死
祖母は、関西ならでは、なのかいや、祖母特有の性格か…歯に衣着せぬ物言いで、時として周りを困惑させることもしばしば。
手先は器用で、書道は師範の腕前。
絵葉書も得意で、詩吟もやってのける。
一晩で手編みのセーターを仕上げたり。
小さな頃、書道を教わった私は祖母のことを一目置いていた。
90歳にしてまだまだ気持ちは若く、若い男性に興味をもつという何とも、お茶目な祖母。
車椅子に乗る祖母を、近くのご飯やさんに連れていっては、好物の鯛のアラ炊きの身を取って食べてもらった。
祖母にとって、孫はかわいいものだ、だから、息子(私にとっては父)に孫のかわいさを、教えてあげたいと。。
そんなことを孫に言うか。。
孫がかわいいと言ってもらえる嬉しさと、
その息子を思う祖母の気持ちに答えられていない自分の不甲斐なさと、孫がかわいいと言いつつ、息子を思う気持ちが深くて、私はずーんと胸に響いた。
正直、つらかった。
なぜ、結婚せねばならないのか。
結婚してるか、子供がいるか、
その物差しで人を計れるのか。
周りがどうであれ、自分は自分。
人がどう言おうが、自分のことは自分で決める。
それでいいと思いながら、ぶれにぶれる自分がいた。
そうこうしてるうちに、祖母が旅立った。
介助をするうちに、かわいいとさえ思った大事な人を失った。
喪失感は大きい。
最後まで孫の行く末を心配していた。
祖母の願いを叶えてあげられなかった。
人はいつか死んでゆく。
一人で生きていく覚悟のない私。
親もいずれ…
パートナーが欲しい。
結婚にとらわれず、共に歩むパートナーが欲しい。
これが私の一歩である。
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